阿原屋

あばらや

『名探偵のはらわた』白井智之

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◆感想

とある儀式によって、過去に凶悪犯罪を犯して日本中を震撼せしめた犯罪者が現世に蘇った。彼らは『人鬼』と呼ばれ、魂だけの存在ではあるが、生きている人間に憑いてその肉体を自由に操ることが可能である。『人鬼』は過去に自分が犯した殺人の手口を、同じようになぞることで快感を得るという性質があった。そのため、蘇った『人鬼』たちは日本各地で残虐な殺人を繰り返す。浦野探偵事務所に勤める探偵助手の原田亘(恋人からは『はらわた』の愛称で呼ばれている)は、『人鬼』と同様に現代に復活した名探偵と共に、蘇った凶悪な殺人鬼を止めるため——もとい、ぶち殺して地獄に送り返すため、事件の捜査に乗り出していく。

 

作中で描写されている『人鬼』が起こした過去の凶悪事件というのは、実際に日本で発生した凶悪事件がモチーフとなっている。様々な名称を変えたりしてはいるが、「あれを参考にしたんだな」とわかる程度には連想できる。津山事件がその最たる例だろう。

 

白井智之の長編を読むのは結構久しぶりだのだけれど、やはり荒唐無稽な設定と鬼畜的な状況下で描かれる特殊設定パズラーという独特の持ち味は変わっていませんね。やっぱりこの作者は頭おかしいわ(褒め言葉です)。

 

とにかく本作では大量に死者が出ます。死にまくりです。計算はしていませんが百人くらいは殺されているんじゃないでしょうか。稀代の殺人鬼たちが全国で暴れているので当然ですね。しかも『人鬼』たちは、多少の条件はあれど憑依した人間からまた別の人間に乗り移れるので、次から次へと肉体を取り換えていく『人鬼』に対して、何の事情も知らない警察ではまったく太刀打ちできない。

そこで活躍するのが、こちらも現代に復活した名探偵と、その助手のような存在の二人なんですが……。メインを張るこの二人組、白井作品の中では比較的に倫理観がまともです。彼らの成長やバディとしての絆を深めていく物語としても読めなくはないので、本作は一般受けするような娯楽性の高い作品に仕上がっていると言えるでしょう。

いややっぱそれは言いすぎかもしれん(えー

まあ一般受け云々はともかくとして、白井智之作品に触れたことのないけれど興味はある読者が、最初に手を出すモノとしては本作がオススメなのは間違いないと思われます。

 

 本作は連作短編の形式の取っています。

一編目の『神咒寺事件』では、放火による火災のあった寺の本堂で六人の焼死体と一人の重傷者が発見されたが、彼らは身動きを封じられていたわけでもないのに、誰一人としてその場から逃げ出そうとしたり抵抗した形跡がなかった……という最も大きな謎の真相が拍子抜けするものだったので、がっかり感は否めない。とはいえこれは導入部ということで大目にみましょうかね。

二編目『八重定事件』はおちんちんの話です。男性の局部にまつわる事件です。実質的には作中で『人鬼』が巻き起こす最初の殺人事件になりますが、局部という言葉のインパクトを除けば、この話もいささかパンチに欠けている感じ。そもそも名探偵は過去の事件の真相をだいたい把握していたわけで、おにぎり屋で今も生き永らえている八重定を見た瞬間には実質的に事件は解決したも同然だった。それってなんかズルいなー、と思ってしまいました。

三編目『農薬コーラ事件』ですが、これは面白かったですね。本作の中では一番好みでした。論理的な解決を描きながらも、設定を逆手に取って意外性を捻出するのに成功しています。こういうのが欲しかったんですよ。

四編目『津ヶ山事件』は、史実と特殊設定を絡めた異形の論理展開が秀逸。テレビやスマホの映像を生きている人間として数える発想とか、二振りの日本刀を巡る論理とか上手いなー、って思いましたね。

 

期待していたクオリティの作品を発表してくれた作者には惨事を送りたいですね。彼こそが、今の時代に本格ミステリと最も真摯に向き合っている作家の一人かもしれません。他にも個人的に本格ミステリ作家として期待している作家は何人かいますが、それについてはまた改めて別の機会にでも。

ところで表紙に描かれている赤いスカーフを首に巻いて猟銃を持った女性って作中に登場していないと思うんですが?

こいつ誰よ?途中までは鴇雄に取り憑かれたみよ子が登場するのかと思っていたんですが、結局は違いましたし。まさか三編目でちらっと触れた映画の登場人物か、あるいはそのファッションをモチーフにしたコーディネートの若い女性を描いたのか?めっちゃ端役やんけ!

 

あー、未読の他の長編も読まなきゃなあ。

 

◆評価 ★★★★ 8