阿原屋

あばらや

『禁じられたジュリエット』古野まほろ

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◆感想

現実の歴史とは異なる流れを辿っている別の『日本』が舞台である。戦時中にあるこの国は抑圧的な全体主義の政治体制が敷かれており、本格ミステリ退廃文学として禁書に指定されている。もしその禁書を閲覧し、その事実が警察の関知するところとなれば、その人物は犯罪者として処罰される。

そんなディストピアSF的な世界で、明教館女子高等学校に通う女子生徒6人が禁制品に指定されている本格ミステリに手を出してしまった。学校側は彼女ら6人を『囚人』役として反省室(実際は監獄のようなもの)に収監し、同級生2人を『看守』役として思想更生プログラムを実施することにした。

もともと仲のいい同級生である8人は、協力して更生プログラムを乗り切ろうと決意するが、いつしか『囚人』と『看守』の対立は激化していき、彼女らの友情は脆くも崩れ去ってゆく。そして、ついに犠牲者が出てしまい……。

 

みたいな話です。間違ったあらすじは書いてないと思います。

本書は『本格ミステリとは何か?』『本格ミステリの意義とは?』といったテーマに真っ向から挑んだ本格ミステリです。

第1部での登場人物紹介や世界観の説明を経て、第2部と第3部では実際に更生プログラムが実施されていくわけですが、かの有名なスタンフォード監獄実験もかくやとばかりの苛烈で過激なプログラムの内容に加え、監獄さながらの雰囲気が漂う反省室という舞台設定も手伝って、囚人役も看守役も次第に理性を失っていきます。なかなかに壮絶な描写が続くので、人によっては目を背けたくなるかもしれません。トマトはやめてあげて。それはスポンジじゃないよ。

更生プログラムが続いていく中、本書の中盤で劇的な転機が訪れます。それを契機として、囚人役と看守役の物語はさらに過熱していき、ついには意外な破局を迎えてしまいます。

そしてその先に描かれる展開が——まあ、以後は自分の目で確かめてもらうしかありません。

 

ちょっと冗長に感じた部分があったのも否めませんが、思想更生プログラムの壮絶な内容が描かれる第2部、革命の起きる波乱の第3部ともになかなか面白く読めました。戦時中の国家でなぜ本格ミステリが禁止されるのか、ひるがえって、本格ミステリが体現しようとしているモノとは何なのか、そのあたりについて踏み込んだ問いかけと回答がなされており、とても興味深かったです。

しかし、構成上仕方のないことだと思いますが、殺人事件が発生するのは本書の後半部分であり、遅いです。本書を読み始める前に期待していた展開とはやや異なっていました。その点が肩透かしではありましたね。

もちろん、本書のテーマである『本格ミステリとは何か?』『本格ミステリの意義とは?』について、理論だけを述べるのではなく、実践的に表すためには、このような構成が必要だったのだと思います。

だから、中盤あたりにも本格ミステリ的な論理と証拠に基づいた事件が発生しておけば、より満足度は高かったかなと。

贅沢な欲求ですかね。でも贅沢を言わせてくれ(えー

 あと古野まほろ氏の小説の登場人物といえば、総じて芝居がかった演技的な台詞回しが特徴ですが、入れ子構造の本作ではそれがいい感じに目くらましになっていましたね。前半を読み返すとしっかり伏線も敷いてあります。そのあたりの技巧は上手ですね。

 

文庫で600ページを超える、ちょっと分厚めの本作ですが、本格ミステリという殺人を題材にしている文学が持つ意義について関心がある方は、一読されてみてもよろしいのではないかと。

 

それにしても天帝シリーズの続刊マダー?

 

 ◆評価:★★★☆ 7