阿原屋

あばらや

『犯人当てアンソロジー 気分は名探偵』

f:id:exsol4544:20200803190500j:plain

 

◆各感想

有栖川有栖——『ガラスの檻の殺人』

人気の少ない四つ辻で発生した殺人。東西南北それぞれの道の先は証人によって監視されており、通報があって警察が駆けつけるまでに通り抜けていった者はいない。

いわゆる広義の密室状況での犯行で、凶器の在り処が主眼となる短編。

犯行に使ったナイフを犯人がどこに持ち去ったか、それがわかれば自ずと犯人も特定できる。シンプルなワンアイデアで構成された話だが、こういうのも犯人当てに該当するんだなあ。

 

貫井徳郎——『蝶番の問題』

 山奥の別荘で発見された五人分の死体。その中には明らかに他殺されたと思わしきものも。刑事が持ち込んだ事件関係者の手記から、推理力に優れた作家が手記を読んで事件の謎を解き明かす。

貫井徳郎氏を読むのはこれが初めて。あまり本格の人という認識ではなかったけれど、こういう企画で声をかけられたりするのね。

肝心の内容だが、これも犯人当てに分類されるのか。意外性を出すために搦め手で攻めている短編。

ちょっと突っ込みどころがあるかなあ、という感じ。犯人当てとしては好みではないかな。

 

麻耶雄嵩——『二つの凶器』

大学の研究室で発生した殺人事件。犯行当時、現場ではフルフェイスヘルメット姿の男が目撃されていた。容疑者の誰かが正体を隠すためにそんな格好をしていたと思われるが、果たして誰の仕業か。

氏のシリーズキャラクターである木更津悠也が活躍する一編。

犯人の行動と容疑者の証言から見出せるわずかな違和感から、事件の構造を導き出せるかがポイント。

これは難易度高めでしょう。ヒントなしで真相を言い当てるのは困難。

 

霧舎巧——『十五分の出来事』

新幹線の洗面室で起きた傷害事件。被害者は後頭部を何かで殴られて昏倒していた。犯行が発生する前に被害者は何人かの乗客とトラブルを起こしていた。状況から考えて、犯人はその乗客の中に。そして凶器には何が用いられたのか。

これまた凶器が主眼となる短編。シンプルな犯人当て。

全体的にアマチュアっぽい雰囲気が漂う。文意がなかなか頭に入ってこなくて、事件の状況も把握しづらい。昔から氏の文体はどうにも肌に合わないなあ。

 

我孫子武丸——『漂流者』

本土から離れたとある孤島の海辺に流れ着いた男。彼は頭を怪我しており、近くを通りがかった人に救助されたが、記憶を失い自分が何者なのかも思い出せなかった。

自分の正体を知るための手がかりは、唯一の所持品だった日記のみ。その日記には凄惨な殺人を想起させる内容が書かれていた。犯人当てならぬ異色の人物当て。

明らかに不自然な描写が一つあり、それに気づけるかどうかが肝でしょう。

いや、しかし、こんな名前の男性いるかなあ。

 

法月綸太郎——『ヒュドラ第十の首』

関係を持っていたヒラド・ノブユキなる男に捨てられて傷つき、自殺してしまった妹。妹の墓前で謝罪させるため、兄の蟹江陸郎は上京するが、彼は何者かに殺されてしまう。

警察が蟹江の部屋を訪れると、そこはすでに殺人者によって荒らされたあとだった。PCは盗まれていたものの、オンラインストレージに保存されていたファイルから、三人のヒラド・ノブユキが容疑者として捜査線上に浮かんだ。蟹江を殺した犯人は誰か。

これぞ王道の犯人当て。それでいて意外性の創出にも成功している。

月氏の短編集『犯罪ホロスコープⅠ』で既読だったけれど、やはりこういう直球が好きですね。本アンソロジーの白眉。

 

◆総評

元は新聞連載用として書かれた短編をまとめた犯人当てアンソロジー。枚数制限もあって、依頼された作家側はなかなか苦労したことと思われるが、やはり麻耶氏と法月氏が正統派でいいですね。本格ミステリとしての強度に優れております。

 

◆評価:★★★ 6点