阿原屋

あばらや

『インド倶楽部の謎』有栖川有栖

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◆感想

生まれてから死ぬまでのみならず、その人の前世までもが記述されているという『アガスティアの葉』。神戸にあるインド亭において、前世の記憶を共有するという親しい仲間が集まり、『アガスティアの葉』の私的なリーディングイベントが開催された。しかし、その後日、イベントの参加者が相次いで二人殺されるという事件が発生。そのうちの一人は、『アガスティアの葉』で予告されていた命日と同じ日付に殺害されていた。臨床犯罪学者の火村英生と作家の有栖川有栖が事件に挑む。

 

傑作揃いの学生アリスシリーズに比べて、作家アリスシリーズは作品ごとに当たり外れが激しいというのは本格ミステリ愛好家にとっては論を俟たないと思われますが、歯に衣着せぬ表現をさせてもらうと、本作は個人的に大外れです。

正直、最初から最後まで読み終わっても、良いところが一つとして見当たらなかったです。とても論理的とは呼べない推理は妄想の域を出ず、伏線はほぼ皆無、登場人物や読者を欺くトリックやミスディレクションも存在しない。予告された死に至ってはただの偶然だったという始末。

まったく、この有栖川有栖って作家は本格ミステリのことを何もわかってねーな!(えー

 

おそらく作者としては犯人の犯行動機を主軸にしたつもりなのだろうけれど、そこに納得感を持たせるために必要な前世の描写がお粗末すぎる。登場人物の口からちょろっと語られるだけ。誰が前世でどういう人物で、他のメンバーとどういう関係だったとか、そのあたりの印象が薄すぎて解決編に至ってほとんど頭に残ってない。

複雑な事件でもなく、起伏も少ない話なのに、これで500ページを超える分量というのも呆れる。長すぎるし、めっちゃ退屈だったので、読み終わるのにかなり時間がかかった。

 また、作者はあとがきで、好みの範囲の狭い本格ミステリ読者に対する自身の心情を語っているけれど、その考え方はお門違いもいいところでしょう。少なくとも本作に関しては完全に作家の実力不足、作品の完成度の低さが問題です。

 

◆ 評価:☆ 1

『禁じられたジュリエット』古野まほろ

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◆感想

現実の歴史とは異なる流れを辿っている別の『日本』が舞台である。戦時中にあるこの国は抑圧的な全体主義の政治体制が敷かれており、本格ミステリ退廃文学として禁書に指定されている。もしその禁書を閲覧し、その事実が警察の関知するところとなれば、その人物は犯罪者として処罰される。

そんなディストピアSF的な世界で、明教館女子高等学校に通う女子生徒6人が禁制品に指定されている本格ミステリに手を出してしまった。学校側は彼女ら6人を『囚人』役として反省室(実際は監獄のようなもの)に収監し、同級生2人を『看守』役として思想更生プログラムを実施することにした。

もともと仲のいい同級生である8人は、協力して更生プログラムを乗り切ろうと決意するが、いつしか『囚人』と『看守』の対立は激化していき、彼女らの友情は脆くも崩れ去ってゆく。そして、ついに犠牲者が出てしまい……。

 

みたいな話です。間違ったあらすじは書いてないと思います。

本書は『本格ミステリとは何か?』『本格ミステリの意義とは?』といったテーマに真っ向から挑んだ本格ミステリです。

第1部での登場人物紹介や世界観の説明を経て、第2部と第3部では実際に更生プログラムが実施されていくわけですが、かの有名なスタンフォード監獄実験もかくやとばかりの苛烈で過激なプログラムの内容に加え、監獄さながらの雰囲気が漂う反省室という舞台設定も手伝って、囚人役も看守役も次第に理性を失っていきます。なかなかに壮絶な描写が続くので、人によっては目を背けたくなるかもしれません。トマトはやめてあげて。それはスポンジじゃないよ。

更生プログラムが続いていく中、本書の中盤で劇的な転機が訪れます。それを契機として、囚人役と看守役の物語はさらに過熱していき、ついには意外な破局を迎えてしまいます。

そしてその先に描かれる展開が——まあ、以後は自分の目で確かめてもらうしかありません。

 

ちょっと冗長に感じた部分があったのも否めませんが、思想更生プログラムの壮絶な内容が描かれる第2部、革命の起きる波乱の第3部ともになかなか面白く読めました。戦時中の国家でなぜ本格ミステリが禁止されるのか、ひるがえって、本格ミステリが体現しようとしているモノとは何なのか、そのあたりについて踏み込んだ問いかけと回答がなされており、とても興味深かったです。

しかし、構成上仕方のないことだと思いますが、殺人事件が発生するのは本書の後半部分であり、遅いです。本書を読み始める前に期待していた展開とはやや異なっていました。その点が肩透かしではありましたね。

もちろん、本書のテーマである『本格ミステリとは何か?』『本格ミステリの意義とは?』について、理論だけを述べるのではなく、実践的に表すためには、このような構成が必要だったのだと思います。

だから、中盤あたりにも本格ミステリ的な論理と証拠に基づいた事件が発生しておけば、より満足度は高かったかなと。

贅沢な欲求ですかね。でも贅沢を言わせてくれ(えー

 あと古野まほろ氏の小説の登場人物といえば、総じて芝居がかった演技的な台詞回しが特徴ですが、入れ子構造の本作ではそれがいい感じに目くらましになっていましたね。前半を読み返すとしっかり伏線も敷いてあります。そのあたりの技巧は上手ですね。

 

文庫で600ページを超える、ちょっと分厚めの本作ですが、本格ミステリという殺人を題材にしている文学が持つ意義について関心がある方は、一読されてみてもよろしいのではないかと。

 

それにしても天帝シリーズの続刊マダー?

 

 ◆評価:★★★☆ 7

 

『馬鹿と嘘の弓』森博嗣

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書店でぶらぶらと新刊を眺めていたら、森博嗣がまた新作小説を出しているではないですか。しかも講談社ノベルス。表紙の裏に書かれてあるあらすじを読んで、「なるほど『ゾラ・一撃・さようなら』みたいな設定はオーソドックスな私立探偵モノかな?」と思ってページをめくり、登場人物一覧表を見て驚きました。

これXシリーズの続きやんけ!

これはマストバイ。即行でレジに持っていきました。

 

◆感想

匿名の依頼を受け、ホームレスの青年である柚原典之の調査を進める小川令子たちだったが、対象はとても穏やかで冷静、かつ理知的な性格であり、定職に就いていないこと以外には特に問題のある人物には思えない。柚原について調べていくうちに、依頼人の正体やその目的について、小川は疑問を感じ始める。

ある日、柚原と面識のある年老いたホームレス(柚原からすれば名前も知らず、一度だけ彼から本をもらった程度の関係)が路上で倒れ、病院に搬送されたがそのまま死亡した。亡くなったホームレスは大学を退官した元教授で、住居も資産もあり、決して生活に困っていたようには思えず、彼がなぜホームレスに身を窶していたのかは不明であった。また彼の遺品からは、柚原の写真が見つかり、それは小川たちに調査を依頼した人物が送ってきた写真と同じものだった。いくつもの不可解な点が表面化し、小川たちはさらに調査に力を入れていく。

 

Xシリーズの最終作である『ダマシ×ダマシ』のあと、探偵事務所を続けることにした小川令子と、新しく所員になった加部谷恵美がどうなったのかは非常に気になるところでしたので、この新作で探偵コンビとしてうまく活動している描写を読めて安心しましたね。二人の会話でのやり取りはさすがの森博嗣節って感じで、ファンが期待しているものが注文通りに提供されています。明るい彼女が久し振りに見れてよかった。真鍋瞬市永田絵里子が出てこないのは寂しいけれど、遠くにいるわけじゃないから、シリーズが続けばどこかで再登場してくれるかな?

 

本作で最も焦点を当てられる人物である柚原典之は、その不幸な生い立ちや境遇のためか、厭世的な生き方をしているというのか、若くして悟りを開いたかのような独特な価値観を持っている。現在の社会構造についての不満を漏らしはするものの、自分の貧しい窮状を悲観しているわけではなく、恨みや妬みといった個人的な感情を排した、あくまでも冷静で理知的であり、社会や人間に対して客観的な視点から俯瞰しているかのような物言いを淡々と繰り返す。

その柚原典之と探偵たちのやり取りをそれなりに楽しく読み進めてはいましたが、ページを進めてもなかなか事件性のある出来事が発生せず、もしやこのまま大したイベントもなく終わってしまうんじゃないだろうか、と不安に駆られ始めたところで……。

第四章にやられました。

どことなく妙に緊迫感を覚える描写にどきどきしながら読み進めていく中、物語は転調し、まさかの急展開を迎え、本作を読み始めた段階では予想だにしていなかった衝撃的な結末へと走り出す。

これもひとつのミスリードと呼べますかね。森博嗣の小説を多く読んできた読者だからこそ、加部谷恵美の存在とか、海月及助を想起させる柚原典之という人物像のおかげで、物騒な事態にはならないだろうと思考が誘導されてしまい、そのためにクライマックスの衝撃が増してしまった。彼女がちゃんと幸せになれる日は来るのだろうか……。

 

そこに確かに存在しているのに、目を背けて視界に入れないようにしているモノ。

普段は意識していないだけで、きっと誰もが心の奥底に抱えている負の側面。

それを暴かれ、目前に晒されてしまったかのような読後感でした。

今のような時代だからこそ、本作の犯人が語る動機と同じようなことを考えてしまった経験のある人は結構多いと思うし、すでに似たような事件が現実でも発生している昨今、もはや彼の価値観は突飛なそれとは言えないでしょう。近い将来、実際に現実の世界でも、追い詰められた人々による同様の事件が多発する可能性も十分考えられると思います。

なんというか、まあ、それが世の流れですよねえ。

 

本作に本格ミステリ要素を期待している人はまずいないと思いますが、いつもの森ミステリィともちょっと違った感覚で新鮮でした。続きがあるならば、楽しみです。男性のレギュラーキャラも欲しいところ。

 

◆評価:6 ★★★

 

『本格王 2020』本格ミステリ作家クラブ 選・編

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◆各感想

結城真一郎——『惨者面談』

ネタそのものは本格ミステリを読み慣れた人ならとても既視感のあるもの。家庭教師という題材でこれをやったというのが評価されたのだろう。

意外性を捻出するために、かなりの偶然が重なってしまっているため、ややご都合主義的な感じがする点が気になったけれど、このアンソロジーの中では上位に入る。

 

東川篤哉——『アリバイのある容疑者たち』

全編通してどことなくアマチュアっぽい雰囲気が漂う。いや、「東川篤哉はいつもそんな感じじゃん?」って言われたらそうなんですが、普段にも増してアマチュアっぽい筆致だと感じられたのは、かなり都合のいい電車の設定のせいかしら。

 

伊吹亜門——『囚われ師光』

幕末という時代設定で『十三号独房の問題』をやるという趣向だけでも評価されそう。大きな驚きこそないが、手堅くまとまった一編。

 

福田和代——『効き目の遅い薬』

文体も設定も展開も何もかもが古臭い。実際、作者は50代の女性なのだけれど。中盤でオチがほぼ明かされたようなものなのに、そのあともダラダラと続く退屈な話でした。

 

中島京子——『ベンジャミン』

内容の是非はともかくこれは本格ミステリじゃねーだろ!!

この短編に本格要素を見出すのは無理がある。『本格王』というタイトルのアンソロジーに全然ふさわしくない。どういう理由で選ばれたのかが不思議である。

そもそも作者自身がミステリーを書いたつもりはないって言ってるやん。

 

櫛木理宇——『夜に落ちる』

幼稚園児なのに賢すぎる。そこまで頭が回るとは思えない。主人公の家庭環境と事件という一見無関係な双方を結びつける要素も、特に効果的とは思えなかった。つーかまた八百屋お七かよ!

 

 大山誠一郎——『時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ』

よかった、この作家の作品が収録されていて。これがなかったら本当にクソッタレなアンソロジーになっていた。大山誠一郎の存在でかろうじて救われた。

相変わらずの職人芸さながらのアリバイ崩し。めちゃくちゃ凄いわけではないけれど、安定感のある内容で楽しめました。

 

◆総評

『本格王』という大仰なタイトルに恥じるアンソロジーでした。もっと謎と伏線と論理の妙味に溢れた短編はないんかい。それだけ短編ミステリのレベルが落ちているということなのだろうか。とにかく、選定を行った作家と評論家には二度と関わっていただきたくないですね。白眉はもちろん大山誠一郎で。

 

◆評価:3 ★☆

 

『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ

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◆感想

資産家の老婦人が葬儀社を訪れ、自らの葬儀の手配を済ませたまさにその日のうちに、彼女が何者かに殺害されてしまうという事件が物語の起点となっている。天才肌だが偏屈な性格であり、今はロンドン警視庁の顧問をしている元刑事のホーソーン(探偵役)は、この老婦人が殺された事件を捜査する自分を本にして書かないかと作家のアンソニー(ワトソン役)にほとんど押し売りのような形で話を持ちかける。

本作はシャーロック・ホームズ譚のような体裁で書かれた小説で、作者自身がワトソン役を務めるという凝った趣向のミステリである。シリーズ化されており、このコンビが活躍する二作目『その裁きは死』が今月、日本でも翻訳されて出版されたばかりだ。

二作目が出るまでに読めばいいや、まだまだ発売までには時間がある、などと余裕をぶっこいていたら……

案の定、間に合いませんでした(えー

やはり新刊を積んでおくのはなるべく避けないとな……。

 

さて、まだ解決してもいない事件を強引に執筆させようとするホーソーンと、嫌々ながらも振り回され、しかしおいしい話は逃したくない二律背反に苦しむアンソニーの、決して円満とは言えないコメディタッチなやり取りはなかなかユニーク。

ホーソーンの毒舌を不快に感じる読者もいるようですが、個人的には全然気にならなかった。まあ、ホーソーンがゲイに対する嫌悪感を剥き出しにした発言をしていたので、そのあたり本国における読者からの反感を買うような気もしましたが、どうなんでしょうね。

総じて正統派な本格ミステリとして本作は楽しめました。あっと驚くような大業こそ使われていませんが、フェアに敷かれた伏線と、それらを解決編で回収する手際の良さ。八百屋お七を彷彿とさせるような犯人の動機。実名で登場するスティーヴン・スピルバーグ監督とのやり取りなど、出版界や映画界の虚実入り乱れたエピソードも面白い。

ただ一つ、本作に欠点があるとすれば……長い!!(えー

創元推理文庫で約470ページって、この内容でこの分量は多すぎやしませんかね!?

本作の世評はかなり高くて、ネットで感想を漁ってみても概ね評判はいいんですが、分量の多さについて言及している人はほとんど見当たらないのが不思議でしょうがない。

登場人物たちがどいつも割と饒舌なのが原因でしょうかね。情報量を増やして、真相を見えづらくしようとする作者の魂胆もあるのかもしれませんが。

もっとスッキリした構成にしてくれれば、もう少し高い点数をつけれたかなあ。

 

◆評価 ★★★  6

 

『名探偵のはらわた』白井智之

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◆感想

とある儀式によって、過去に凶悪犯罪を犯して日本中を震撼せしめた犯罪者が現世に蘇った。彼らは『人鬼』と呼ばれ、魂だけの存在ではあるが、生きている人間に憑いてその肉体を自由に操ることが可能である。『人鬼』は過去に自分が犯した殺人の手口を、同じようになぞることで快感を得るという性質があった。そのため、蘇った『人鬼』たちは日本各地で残虐な殺人を繰り返す。浦野探偵事務所に勤める探偵助手の原田亘(恋人からは『はらわた』の愛称で呼ばれている)は、『人鬼』と同様に現代に復活した名探偵と共に、蘇った凶悪な殺人鬼を止めるため——もとい、ぶち殺して地獄に送り返すため、事件の捜査に乗り出していく。

 

作中で描写されている『人鬼』が起こした過去の凶悪事件というのは、実際に日本で発生した凶悪事件がモチーフとなっている。様々な名称を変えたりしてはいるが、「あれを参考にしたんだな」とわかる程度には連想できる。津山事件がその最たる例だろう。

 

白井智之の長編を読むのは結構久しぶりだのだけれど、やはり荒唐無稽な設定と鬼畜的な状況下で描かれる特殊設定パズラーという独特の持ち味は変わっていませんね。やっぱりこの作者は頭おかしいわ(褒め言葉です)。

 

とにかく本作では大量に死者が出ます。死にまくりです。計算はしていませんが百人くらいは殺されているんじゃないでしょうか。稀代の殺人鬼たちが全国で暴れているので当然ですね。しかも『人鬼』たちは、多少の条件はあれど憑依した人間からまた別の人間に乗り移れるので、次から次へと肉体を取り換えていく『人鬼』に対して、何の事情も知らない警察ではまったく太刀打ちできない。

そこで活躍するのが、こちらも現代に復活した名探偵と、その助手のような存在の二人なんですが……。メインを張るこの二人組、白井作品の中では比較的に倫理観がまともです。彼らの成長やバディとしての絆を深めていく物語としても読めなくはないので、本作は一般受けするような娯楽性の高い作品に仕上がっていると言えるでしょう。

いややっぱそれは言いすぎかもしれん(えー

まあ一般受け云々はともかくとして、白井智之作品に触れたことのないけれど興味はある読者が、最初に手を出すモノとしては本作がオススメなのは間違いないと思われます。

 

 本作は連作短編の形式の取っています。

一編目の『神咒寺事件』では、放火による火災のあった寺の本堂で六人の焼死体と一人の重傷者が発見されたが、彼らは身動きを封じられていたわけでもないのに、誰一人としてその場から逃げ出そうとしたり抵抗した形跡がなかった……という最も大きな謎の真相が拍子抜けするものだったので、がっかり感は否めない。とはいえこれは導入部ということで大目にみましょうかね。

二編目『八重定事件』はおちんちんの話です。男性の局部にまつわる事件です。実質的には作中で『人鬼』が巻き起こす最初の殺人事件になりますが、局部という言葉のインパクトを除けば、この話もいささかパンチに欠けている感じ。そもそも名探偵は過去の事件の真相をだいたい把握していたわけで、おにぎり屋で今も生き永らえている八重定を見た瞬間には実質的に事件は解決したも同然だった。それってなんかズルいなー、と思ってしまいました。

三編目『農薬コーラ事件』ですが、これは面白かったですね。本作の中では一番好みでした。論理的な解決を描きながらも、設定を逆手に取って意外性を捻出するのに成功しています。こういうのが欲しかったんですよ。

四編目『津ヶ山事件』は、史実と特殊設定を絡めた異形の論理展開が秀逸。テレビやスマホの映像を生きている人間として数える発想とか、二振りの日本刀を巡る論理とか上手いなー、って思いましたね。

 

期待していたクオリティの作品を発表してくれた作者には惨事を送りたいですね。彼こそが、今の時代に本格ミステリと最も真摯に向き合っている作家の一人かもしれません。他にも個人的に本格ミステリ作家として期待している作家は何人かいますが、それについてはまた改めて別の機会にでも。

ところで表紙に描かれている赤いスカーフを首に巻いて猟銃を持った女性って作中に登場していないと思うんですが?

こいつ誰よ?途中までは鴇雄に取り憑かれたみよ子が登場するのかと思っていたんですが、結局は違いましたし。まさか三編目でちらっと触れた映画の登場人物か、あるいはそのファッションをモチーフにしたコーディネートの若い女性を描いたのか?めっちゃ端役やんけ!

 

あー、未読の他の長編も読まなきゃなあ。

 

◆評価 ★★★★ 8 

 

『詐欺師は天使の顔をして』斜線堂有紀

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◆感想

霊能力者の子規冴昼はそのカリスマ性と神秘的な霊媒能力で一世を風靡していた。もちろん、テレビ番組などで彼が創出する奇跡はすべて演出で、そのお膳立てはマネージャーの呉塚要が担当していた。二人は唯一無二のパートナーとして、世間を相手に霊能力を信じ込ませる詐欺行為を働いていた。

とはいえ、彼らは罪もない人々を騙して荒稼ぎをしたりするわけではなく、その目的は名誉や名声といったようなものにあるので、詐欺師とは言っても犯罪行為に手を染めているわけではないようだ。

しかし、人気の絶頂期にあった子規冴昼は突然、何の前触れもなく失踪し世間から姿を消した。相棒を失い無気力な日々を送っていた呉塚要は、冴昼の失踪から三年が過ぎたある日、不思議な電話ボックスを通じて異世界の街に辿り着いた。その街の歴史や文化などは要が暮らしていた日本とほとんど同じだが、一つだけ決定的に違う点があった。

その世界に生きるすべての住人は、超能力が使えるのだった。

そして、失踪したと思われていた冴昼は、その世界で殺人の容疑をかけられているのだった。相棒の冤罪を晴らすため、要は調査に乗り出す。

 

斜線堂有紀

妙ちきりんな名前である(えー

何か元ネタがあるのだろうか。初読みの作家です。

ライトなSF設定を用いた特殊設定ミステリといった趣の本作。異世界といっても、本作で登場する二つの異世界の歴史や文化は現代日本とそう変わらないので、未知なる異国を旅する情緒みたいなものはない。

収録されているのは二編で、それぞれで異なった特殊設定が用意されています。正直、ちょっと物足りないのは否めないですね。もう一つくらいはエピソードを追加してさらに変わった異世界での物語が欲しかった。

 

設定的にはもっと派手に面白く展開させられるんじゃないかなあと思うんですが、実際に描かれている事件は結構こじんまりとしてて、地味な感じ。

設定面の瑕疵をつついたりするのは野暮な話なんだろでしょう。よくよく考えてみれば「それはおかしいだろ……」て突っ込みたくなる部分がチラホラと存在するんですけれど、これはこういう設定だと認識して、特殊な状況下でのミステリを楽しむのが正しい読み方なんでしょう。

でも他人の粗探しって楽しいんだよなー!(えー

ごめんな、このおっさんは性根が曲がってるから、ケチをつけずにはいられないんや……。許してくれな。

 

『第一話 超能力者の街』

最初に訪れた異世界は、住民全員が超能力を使用できるという舞台設定。手を触れずに物体を動かすことのできる能力——いわゆるサイコキネシスというやつである。多少の個人差はあれど、一般的な成人であれば個人の腕力と同等の力で物体を動かすことができ、能力の射程範囲は半径五十メートルほどだそうな。

まず私が思ったのは「いやサイコキネシスの能力範囲が半径五十メートルってやばくね!?犯罪し放題やん!」ということでしたね。

 

どうもこの超能力、使用するのにまったくリスクが存在せず、予備動作もなしにノーモーションで発動できるようなのだ。そんな能力が法的な規制もされずに誰でも無条件に無制限に半径五十メートル先まで適用できるとなると、窃盗やら性犯罪やらが多発して、この街の犯罪率はやばいことになってそう。気に入らない奴がいれば、離れた位置から相手に気づかれないようにぶん殴れる。数人で協力すれば人間を宙に浮かして運ぶのも簡単そうですし、誘拐も楽勝だ。

 

そういった治安面を心配しつつ、さてそんな異世界で発生した殺人事件ですが、謎解きの手つきはあまり鮮やかとは言い難いですね。特に疑問に感じたのは犯人が犯行後に取った行動でして、どうしてグランドピアノの鍵を凶器や被害者の鞄と一緒に川へ捨てなかったのかという点が気になりました。

 

やはりサイコキネシスという能力の自由度がかなり高いせいで、様々な可能性が想像できてしまい、推理の論理性が損なわれてしまっている感じは否めない。本格ミステリ的な展開にこだわるならもう少し限定的なルールに設定すべきだったし、「本格なんか知ったこっちゃねえ!」って姿勢ならもっと派手で華のある内容にすべきだったんじゃないかと思いましたね。


『第2話 死者の蘇る街』

題名通り、舞台は死んだ人間が蘇る異世界です。

この世界には『戻り橋』と呼ばれている場所が世界各所にあり、一度死んでしまった人間はその『戻り橋』を通って生者の住む世界に帰ってくることが可能なのである。生者が死んでしまった場合、生きていた頃の肉体は普通に死体として何らかのしかるべき処理を施されるようだ。(そのあたりは詳しく描写されていない)

つまり『戻り橋』を通ってやって来る者は実体を伴った幽霊みたいな存在であり、生きている人間と実体化した幽霊が共存する街が第2話の舞台となっている。

ちょっと説明がわかりづらいかな? まあ気になったら自分の目で本を読んで確かめてください(えー

 

 この第2話も設定面でいろいろと疑問符が浮かぶ部分があります。すべて指摘しようとすると長文になってしんどい予感がするのでやめておきますが(えー

ただまあ、死者の蘇りという巨大なホラを吹こうとしているわけなんですから、その大ボラを成立させるためには、予想される突っ込みどころを可能な限り潰しておいて、物語や設定の齟齬を生まないようにすることが必要だと思います。

 

ミステリ的にはなかなか面白いことをやっています。やはり論理には甘いところが目立つけれど、着目すべきは特殊な状況下ならではのワイダニットか。それから殺された被害者が自分の死体を始末するシチュエーションなんかも趣深い。犯人が毒をどこから入手したのかという点は少し気になりましたが。

 

先述したように、中編程度の長さとはいえ収録されているのが二編だけではいささか物足りない。

もし続編があるなら読んでみたい気もするので、作者と出版社はなんとかしてください(えー

 

◆評価 6点 ★★★